本橋成一『うちは精肉店』(農山漁村文化協会、2013)

いのちをいただく、ということを、形式的に言葉にする、あるいは、その過程を見聞きして知っているかもしれません。しかし、身体で経験をして、思想として染み付いているひとは、いまやほとんどいないと思います。いきものを食べるために殺す、その行為は、わたしたちのずっと遠くにあるようです。 ─屠畜の仕事そのものは淡々と、ずっと受けつがれてきたことをこなしているだけです─ 毎日の暮らしに、食べものは近くにあるけど、いきものは近くにはいないのです。これからの、食べる、には何が受けつがれていくのでしょうか。
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