須賀敦子『塩一トンの読書』(河出書房新社、2014)

ある本をめぐって言葉を綴る。いやむしろ、文章を書くうえで明確な対象としての本が無くても、自らの言葉は、本から、これまでの読書から、触れてきた他者の言葉から、紡ぎ出されているのではないでしょうか。「すぐれた本ほど、まるで読み手といっしょに成長したのではないかと思えるくらい、読み手の受容度が高く、あるいは広くなった分だけ、あたらしい顔でこたえてくれる」と、須賀敦子さんは言います。書くことも、話すことも、それ以外の経験だって、同じ本を別な顔に変え得るかもしれません。ずっと気にかけながらも積んでしまっている本、ありませんか。
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