宮沢賢治『ポラーノの広場』(新潮社、1995)

広場というからには、空虚ながらんどうではなく、そこでは何かが確実に行なわれています。ひとびとが集まり、多数ゆえにできることが、そこで為されるはずなのです。しかし、彼らの活動は形骸化し、排他的になり、広場は、かつてあった、あるいは幻にすぎない場所として、すでに姿を失っているとしたら。汚れたウツワを洗い流し、手を取り合える友たちと再びその地に立つとき、踏み固められた地平に、小さな小さなツメクサの花が、すこしずつ彼らを輝かしく照らしてくれるのでしょう。
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