穂村弘『水中翼船炎上中』(講談社、2018)

昔のことを懐かしんだり、先のことを想像して気持ちが浮き沈みしたり、時を外れていく、いまがあります。その時間旅行には、どこかで言葉が介在している気がしてなりません。時は流れると言いますが、言葉がなければ、その流れは止まっていると言えるのでしょうか。あたりまえに流れているもの、すでに流れて見送ってしまったもの。それらを堰き止めてできた淀みのなかで、平穏に隠されていたものたちが、殺到して収拾がつかなくなっていく。歌が言葉を燃え上がらせるのです。
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