磯崎新『建築における「日本的なもの」』(新潮社、2003)

鏡の前に立つと、自分の姿を見つけることができます。ここからではなく、よそからの視線によって、自らを知ることになるのです。あるいは、周りを見渡してみたり、これまでを振り返ってみたりして、際立って異なる徴や、いま考えても変な癖があった頃から、自分の始まりをつくりだしてしまうこともあるでしょう。八紘一宇の流れのなかで、ひとつのからだをどんどん大きく強くしていくことと、どこでも誰でも同じからだに溶け出してしまうこと。縛り付けられてきた、その徴は、架空のものにすぎないのでしょうか。
TOPへ