夏目漱石『それから』(新潮社、1985)

ひとびとも、手紙も、足早に往来します。電話がまだ無い頃だから、用事を伝えることが用事になり、ひとを訪ね歩くことになります。それに加えて、散歩もするでしょう。 ―彼は普通にいわゆる無目的な行為を目的として活動していた― 行くあても無く歩を進めるとき、純粋に、歩くために歩いていると言えます。世間話や昔話、見聞きした物事に関する所見など、誰かとのおしゃべりもきっと目的が薄れています。ひとからひとへと往来する、その方向性から、誰かのためにという意志が現れて、目的に没入していくのでしょうか。
TOPへ